土曜日、所用で地元の駅周辺を散策していると、樹木が色づいているのに気づきました。そろそろ紅葉の季節かなと実感したので、妻に提案して日帰りで行ける天龍峡へ散策に出かけました。
特急伊那路
天龍峡へは豊橋から出発する特急伊那路を使用しました。「ワイドビュー」の冠称を持っていることもあって、大きな窓で天竜川沿いの車窓を眺めることができます。この特急、1日往復4本のみ。そのうちの2本は夕刻の発車ですので、豊橋からの観光アクセスは実質この伊那路1号が担っています。
天龍峡
姑射橋からの眺望
天竜峡駅から歩いてすぐの場所に姑射橋という橋があります。天龍峡十勝の一つに挙げられている姑射橋ですが、現在は4代目。橋の姿は当時から大きく変わったものの、現在もここから眺める天龍峡の光景は絶景ポイントの一つです。
ちなみに、現在の姑射橋(4代目)の姿は上図のような鋼製の橋梁です。
龍角峯からの眺望
姑射橋を渡って東岸の遊歩道を進むと、龍角峯の頂上の展望台に到着します。天龍峡の中でも絶景をみることができるポイントで、自然の雄大さを感じることができます。遥か昔、ここが川底であり、長い年月をかけて削り出された渓谷が天龍峡であることを考えると、感慨深いものがあります。
なお、天龍峡十勝の一つ、龍角峯自身は対岸からよくみることが出来ます。対岸から見ると、あの高さから見ていたのかと驚きます。
つつじ橋からの眺望
龍角峯から階段と坂を下っていくと、つつじ橋という吊り橋に到着します。視点が少し下がった天龍峡をみることができます。吊り橋のため、それなりに揺れますが、ここも天龍峡の絶景ポイントの一つです。
古碑
つつじ橋からさらに進むと、天龍峡第二公園に辿り着きます。この公園の小高い丘には石碑が設置されています。一つは「秋葉山大権現 金比羅大権現」と記された文政六年(1823)の石碑、奥に天龍峡の由来が記された「天龍峡碑」です。天龍峡自体は弘化四年(1847)に当地を訪れた漢学者・阪谷朗廬氏により命名されました。
天竜峡第二公園の入り口には大正13年(1924)に建立された二条公爵揮毫の石碑が設置されています。天龍峡自体は、先述の阪谷氏が弘化四年(1847)に『遊天龍峡記』を記し「天龍峡」と名付けたことから全国的に知られるようになり、全国有数の観光地として知られるようになりました。