まだ知らぬ、日本を訪ねて

趣味の日本庭園や近代建築の紹介ブログです。

金地院庭園【訪問編】

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「金地院庭園」 撮影:2020.01.12

庭園情報

黒衣の宰相が造らせた、鶴亀蓬莱庭園の傑作

 江戸時代、徳川初代将軍・徳川家康公の側近の一人として支えた以心崇伝。彼の本拠地となった南禅寺金地院に、国の特別名勝に指定された庭園があります。2020年1月の京都旅行で、無鄰菴の次に訪れた庭園です。

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無鄰菴【訪問編】

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「無鄰菴」 撮影:2020.01.12

庭園情報

近代日本庭園の代表作

 京都市左京区南禅寺界隈。ここに琵琶湖疎水を水源とした近代日本庭園群があります。その中の代表作が「無鄰菴」です。コロナ禍直前の2020年1月の京都旅行で青蓮院門跡の次に訪ねました。

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青蓮院庭園【訪問編】

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「青蓮院庭園 華頂殿からの眺望」 撮影:2020.01.12

庭園情報

  • 名称:青蓮院庭園
  • 作庭
  • 完成
  • 住所:京都府京都市東山区粟田口三条坊町69-1
  • 保護:国指定史跡「青蓮院旧仮御所」

室町時代を起源とする庭園

  2020年1月、圓徳院を参拝した後、青蓮院門跡を訪ねました。青蓮院門跡は比叡山延暦寺の住坊「青蓮坊」が起源とされています。その後、皇族や公家から門主として迎え入れ、門跡寺院として地位を確立しました。天明八年(1788には内裏が焼失した際に後桜町上皇の仮仙洞御所として使用されたため、「青蓮院旧仮御所」として国の史跡にも指定されています。明治26年(1893)に火災で多くの建築が焼失しましたが、相阿弥と小堀遠州が携わったと伝えられる庭園が今に残されています。

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圓徳院庭園【訪問編】

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「圓徳院庭園 北庭」 撮影:2020.01.12

庭園情報

  • 名称:圓徳院庭園
  • 作庭
    • 【北庭】賢庭、小堀遠州、(修復)北山安夫
    • 【坪庭】北山安夫
    • 【南庭】(指導)森蘊、(監修)北山安夫、(作庭)徳村宗悦
  • 完成
    • 【北庭】慶長十年(1605)
    • 【坪庭・南庭】昭和時代
  • 住所:京都府京都市東山区高台寺下河原町530
  • 保護:国指定名勝「旧円徳院庭園」

冬にこそ行きたい庭園

 2020年1月、まだ世の中が平穏だった寒空の京都。高台寺を参拝した後、近くの圓徳院を訪ねました。圓徳院は高台寺塔頭で、北政所終焉の地としても有名です。庭園は伏見城の化粧御殿の前庭を移したものであり、国の名勝に指定されています。秋の紅葉の名所でもある圓徳院庭園ですが、冬は一切の無駄が削ぎ落とされたことでより石組が強調されていました。石組の圧倒的な存在感。衝撃的です。

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ホテル椿山荘東京 庭園【訪問編】

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ホテル椿山荘東京 庭園」 撮影:2019.03.31

庭園情報

明治東京を代表する庭園

 明治の元老、山縣有朋公。長州毛利家の一家臣から、内閣総理大臣および元帥陸軍大将にまで登り詰めた軍人・政治家です。政党政治に否定的である等、どこか暗いイメージが付きまといますが、一方で昭和天皇からは軍人として名将の評価を得ている人物でもあります。そんな山縣公の趣味の一つが庭造り。その趣味が如何なく発揮された初期の庭園が、現在のホテル椿山荘東京の庭園です。椿山荘は山縣公から藤田男爵家、そして藤田興業・藤田観光へと所有者を変え、また大きく改変もされてきましたが、それでもまだ失われていない魅力が残っています。

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八橋かきつばた園【訪問編】

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「八橋かきつばた園」 撮影:2021.05.04

庭園情報

  • 名称:八橋かきつばた園
  • 作庭:方巌売茶翁
  • 起源:文化九年(1812)
  • 住所:愛知県知立市八橋町寺内61
  • 保護:知立市指定名勝「杜若池」

和歌の聖典伊勢物語」の舞台の一つ

 愛知県知立市。ここに日本庭園の題材の一つ「八橋」の原点となる場所があります。平安時代の貴族で六歌仙の一人である在原業平朝臣東下りの途中、三河国八橋で乾飯を食べた時のこと。印象深く咲いていたかきつばたを見て歌った和歌で有名となります。

からころも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもふ

在原業平朝臣古今和歌集

 この和歌は業平朝臣をモデルにした『伊勢物語』でも取り入れられ、当地は日本文学史上の重要な名勝地となりました。しかし、八橋は時代が下るにつれ荒廃し、かつての面影を無くします。これを嘆き、近隣にかつての姿を復活させたのが無量寿寺を再興させた方巌売茶翁でした。以後約200年、地元の人々が協力しながら1000年前の名勝地を今に伝えています。

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令和3年GW 会津旅行 ~4日目~

 会津旅行最終日の4日目は喜多方市に向かいました。

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「JR喜多方駅」 撮影:2021.05.02
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