まだ知らぬ、日本を訪ねて

趣味の日本庭園や近代建築の紹介ブログです。

<散策記>令和5年10月 日野オートプラザ訪問

日野オートプラザ  撮影:2023.10.31

 令和5年10月の末、八王子市にある日野オートプラザを訪問しました。

日野オートプラザ

日野オートプラザ  撮影:2023.10.31

 日野オートプラザは日野自動車の企業博物館で、館内には日野自動車の歴史や過去製造した乗用車やバス、エンジン等が展示されています。平日限定のみの開館が惜しまれるくらい、充実した展示品です。

屋外展示

 屋外展示ではTE11型トラックやTE120改型消防車日野レンジャー等が展示されています。

日野レンジャー ダカールラリー1996参戦車

日野オートプラザ 日野レンジャー ダカールラリー1996参戦車  撮影:2023.10.31

 展示されている日野レンジャーは、世界一過酷なレースと言われるダカールラリーで、平成8年(1996)排気量10リッター未満クラスで優勝した時の車両です。日野自動車は、翌年にはトラック部門で総合優勝を果たすなどダカールラリーに確固たる地位を築いています。

TE11型トラック

日野オートプラザ TE11型トラック  撮影:2023.10.31

 TE11型トラックは、昭和34年(1959)に同時期に製造されていたTH型トラックの兄弟車として発売された6tトラックです。展示車両は昭和39年(1964)に製造されました。

TE120改型消防車

日野オートプラザ TE120改型消防車  撮影:2023.10.31

 TE120改型消防車は、昭和49年(1974)に本土復帰から間もない沖縄市に納品された消防車です。平成9年(1997)まで現役で活躍し、その後沖縄市から寄贈されました。ボンネット型の消防車は、なにかカッコよさを感じますね。

ハイブリッドバスHIMR

日野オートプラザ ハイブリッドバスHIMR  撮影:2023.10.31

 ハイブリッドバスHIMRは、平成3年(1991)に世界初のハイブリッドエンジンをバスに搭載した車両です。展示車両は日光で運行していたバスとのこと。こう見ると、日野自動車は技術力の高さが目につきますね。

エントランスホール

 館内に最初に入るエントランスホールにはTGE-A型トラックのレプリカが展示されています。

TGE-A型トラック

日野オートプラザ TGE-A型トラック  撮影:2023.10.31

 TGE-A型トラックは、大正6年(1917)に日野自動車の前身である東京瓦斯電気工業が設計・製造した最初の国産量産トラックです。残念ながら当時のトラックは残存してなかったため、モデルとなった米国のトラックを購入し再現したものとなります。

メイン展示フロア

 メイン展示フロアにはボンネットバスBH15、日野ルノー4CV、コンテッサ1300クーペ等が展示されています。

ボンネットバスBH15

日野オートプラザ ボンネットバスBH15  撮影:2023.10.31

 ボンネットバスBH15は、メイン展示フロアの目玉とも言えるバスです。展示車両は昭和41年(1966)製。BH15は、日野自動車が製造した最後のボンネットバスの型式でもあります。ボンネットバスは現役時代に乗ったこと無いのですか、何だか懐かしい感じがしました。

日野ルノー4CV

日野オートプラザ 日野ルノー4CV  撮影:2023.10.31

 日野ルノー4cvは、日野ヂーゼル工業(後の日野自動車)がフランス共和国ルノー公団との技術提携により製造された乗用車です。当初は部品輸入による組み立て生産でしたが、後に完全国産化を達成しています。展示されている車両は昭和32年(1957)製。なんだか、可愛らしい車です。

日野コンマースPB10型

日野オートプラザ 日野コンマースPB10型  撮影:2023.10.31

 日野コンマースPB10型は、日野自動車工業(後の日野自動車)が昭和35年(1960)から製造した商用車です。日野ルノー4CVで乗用車のノウハウを吸収した後、日野自動車が独自で設計した自動車で、当時としては珍しいFFを採用する等、その先進性が光ります。ただし、商用車としては難があったらしく、昭和37年(19)に生産終了となりました。展示車両は昭和37年(1962)製。トヨタ自動車との業務提携により乗用車部門から撤退していなければ、後継車両はどのようなものになったか興味深いものがあります。

コンテッサ900

日野オートプラザ コンテッサ900  撮影:2023.10.31

 コンテッサ900は、ルノー公団との技術提携の契約が終了した後、日野自動車工業(後の日野自動車)が昭和36年(1961)から製造した乗用車です。先述の日野ルノー4CVから客室を拡大、新設計のエンジンにはオートチョークが採用されました。モータースポーツでも活躍しており、昭和38年(1963)に開催された第1回日本グランプリではツーリングクラスで外車勢を抑えて優勝しています。

コンテッサ900スプリント

日野オートプラザ コンテッサ900スプリント  撮影:2023.10.31

 コンテッサ900スプリントは、先述のコンテッサ900をベースとしてイタリアのデザイナーであるジョヴァンニ・ミケロッティ氏によりデザインされた試作車です。昭和37年(1962)に製造され、世界各地のモーターショーで披露、第10回全日本自動車ショーでも大きな注目を浴びました。その流麗な外観もさることながら、市販を望む声も多かったにも関わらず実現しなかった経緯から、「幻の名車」と呼ばれています。

コンテッサ1300クーペ

日野オートプラザ コンテッサ1300クーペ  撮影:2023.10.31

 コンテッサ1300クーペは、日野自動車工業がイタリアのデザイナーであるジョヴァンニ・ミケロッティ氏にデザインを依頼して製造した「コンテッサ1300」シリーズのクーペタイプです。こちらもその流麗な外観から第5回および第6回国際自動車エレガンスコンクールで受賞するなど、世界で評価された乗用車となります。しかし、この「コンテッサ1300」シリーズが日野自動車工業にとっての最後の乗用車となり、昭和41年(1966)にトヨタ自動車との業務提携を機に大型車に注力することになります。

日野ブリスカ

日野オートプラザ 日野ブリスカ  撮影:2023.10.31

 日野ブリスカは、日野自動車工業昭和36年(1961)に製造した小型トラックです。展示車両は翌37年に製造されたもの。後にトヨタ自動車との業務提携で誕生するトヨタハイラックスにつながる車種です。

ハスラー

日野オートプラザ ハスラー  撮影:2023.10.31

 ハスラーは、三井精機工業が製造し、日野自動車の販売網で販売された軽三輪トラックです。主に東南アジアでタクシー用として活躍しました。

黎明期のエンジン

日野オートプラザ 黎明期のエンジン  撮影:2023.10.31

 メイン展示フロアから進んだ先には黎明期の関連エンジンが展示されています。日野自動車というと、商用トラックのイメージがありますが、戦前においては航空機のエンジンも製造しているなど、その技術力の高さについては見直しました。また、見学していた息子が意外とエンジンに関心を示していたので、将来は理系に進むのかな、などと感じた次第です。

 昨今、日野自動車は認証不正問題で大きく評価を落としていますが、元々技術力の高さがあるメーカーですので、対策をしっかりと講じた上で再起してほしいですね。