庭園情報
室町時代を起源とする庭園
2020年1月、圓徳院を参拝した後、青蓮院門跡を訪ねました。青蓮院門跡は比叡山延暦寺の住坊「青蓮坊」が起源とされています。その後、皇族や公家から門主として迎え入れ、門跡寺院として地位を確立しました。天明八年(1788には内裏が焼失した際に後桜町上皇の仮仙洞御所として使用されたため、「青蓮院旧仮御所」として国の史跡にも指定されています。明治26年(1893)に火災で多くの建築が焼失しましたが、相阿弥と小堀遠州が携わったと伝えられる庭園が今に残されています。
庭園の様子
青蓮院庭園は主に「主庭」「霧島の庭」等の庭園で構成されています。
主庭
主庭は室町時代、相阿弥が作庭した伝えられています。中心となる池「龍心池」があり、それを小御所、華頂殿(客殿)、好文亭に囲まれている庭です。透明とは違う、青みがかった不思議な色をした池です。現地で配られている中根金作氏の解説によれば、平安時代からの主流である「築山泉水庭園」を踏襲している一方で、出島の部分がそのまま高くなって築山となり、龍心池では中島の代わりに大きな庭石を据えている、従来の定石を破っていることを指摘しています。
主庭 小御所と跨龍橋
主庭の南端には小御所があり、その近くには龍心池をまたぐ石橋「跨龍橋」が架けられています。跨龍橋の優雅な曲線が、この庭園の品格の高さを物語っているようです。
主庭 洗心滝
主庭の東縁中央付近にある滝が「洗心滝」です。滝壺に大小2つの石が配置され落ちる方向を変えながら龍心池に注がれています。心地よい音が聞こえてくる滝です。
霧島の庭
霧島の庭は江戸時代、小堀遠州が作庭したと伝えられています。名称の由来は霧島つつじが植えられているため。小堀遠州作庭とは思えないほど、あまり目立たない庭園ですが、主庭を引き立たせるための存在とすれば合点がいきます。
宸殿前庭
庭園を鑑賞し、境内を進むと宸殿にたどり着きます。宸殿前には「右近の橘」「左近の桜」が植えられており、まるで御所の縮小版のよう。青蓮院にゆかりある天皇や歴代門主の御尊牌が祀られていることを示しているそうです。公式サイトによると、現在は杉苔に覆われている前庭は白砂が敷かれていたと記されています。*1何か、特別な空間と感じさせる前庭です。
皇室との関係を濃厚に感じさせるような特別な雰囲気を持つ、青蓮院門跡。門跡寺院として、今後も美しい寺院として残していただきたいと感じました。
参考文献
*1:『天台宗 青蓮院門跡』「宸殿」http://www.shorenin.com/temple/keidai4.html(2021.06.20 閲覧)