庭園情報
金沢にある、植治の「イングリッシュ・ガーデン」
金沢の庭園はどれも鮮烈な印象を与えてくれます。兼六園、玉泉園、玉泉院丸庭園などがその筆頭です。先述の庭園はいずれも近世に作庭された庭園ですが、今回紹介する庭園は明治時代後期から大正時代に七代目小川治兵衛により作庭された辻家庭園。元は加賀前田家家老を輩出した名門家であり、維新後は北陸の鉱山王としても名を馳せた横山男爵家の別邸です。
本来は広大な敷地を誇っていた横山男爵家の別邸も、時代を経る毎に縮小を重ねました。現在は大滝を中心とする部分のみが残っています。しかし、残された部分こそ、この庭園の核となる部分。英国風自然庭園の影響を強く受けた、金沢の近代日本庭園です。
入口の名石
門から入ると、様々な名石が出迎えてくれます。東京にある清澄庭園にも似た構図で、明治以後の庭園の特徴と言えそうです。
芝生と飛石
主屋へ通じる園路は芝生で敷き詰められています。飛石は日本庭園そのものですが、それでもどことなく英国の雰囲気を感じるのは私だけでしょうか。
借景
七代目小川治兵衛の真骨頂の一つ「借景」。辻家庭園でもその強みを遺憾なく発揮しています。母屋の前の鞍馬石から庭園側を臨むと、木々の間から眼下に金沢市街と山並みが見渡せます。庭園の完成当時は甍を並べている光景が広がっていたそう。他の場所からは外部を木々によって遮られているため、急に視界が広がったような錯覚に陥るくらい、劇的な場面転換が果たされています。
園路
主屋がある高台から、崖下の庭園部へ移動します。今までの開放的な雰囲気から、一気に森の中へ入っていくようです。
大滝
元からあったように見えるこの大滝。富士の溶岩を鉄筋コンクリートで固めた人工の滝です。姿をみて圧倒され、人工物と聞いて更に驚愕する、圧巻の一言です。なお、この大滝は金沢初の鉄筋コンクリート構築物とされています。この大滝に対する力の入れようが伝わってきます。
流れ
七代目小川治兵衛の特徴の一つである「流れ」。辻家庭園の中の流路は、まるで自然の中の渓谷、小川のようです。この鬱蒼とした森こそ、自然主義の際たるものと言えます。
池
辻家庭園の北端部、結婚式場への渡り廊下の下に池と中島が設置されています。中島を見ても灯篭が設置されているだけで、特に亀や鶴、あるいは特徴的な石組を確認することができません。ここでも自然主義を徹底して貫いているようです。本来はこの先、更に続いていたであろう庭園がここで途切れているのが残念であります。
主屋・離れ
辻家庭園の主屋は大正期の建築で、国の登録有形文化財となっています。中には群青色の壁でできた「群青の間」があります。目の覚めるような青色とはこのことを言うのでしょう。主屋の先には離れがあります。こちらは辻家が所有した後に造られた建築。緑色の壁が印象深い、落ち着いた空間です。
現地で配布されているパンフレットには、英国風自然庭園(イングリッシュ・ガーデン)の影響を強く受けた庭園と紹介されています。確かに、芝生の広場あたりは英国の雰囲気を感じることができます。また崖下の様子は自然主義を前面に出しており、本質はイングリッシュ・ガーデンと言えます。しかし、崖下の大滝や小川などはどう見ても日本的風景といえます。本質を見抜き、日本庭園に応用する。日本の西洋化ではなく、西洋の日本化。和でもあり、洋でもある庭園。いわば、小川治兵衛が先陣を駈けていった近代日本庭園の代表例です。
参考文献
- 金沢市『文化財と歴史遺産 辻家庭園』https://www4.city.kanazawa.lg.jp/11104/bunkazaimain/shiteibunkazai/kinenbutsu/tsujike.html(2020.08.17 閲覧)
- 辻家庭園『庭園の特徴』https://restaurant.novarese.jp/tkt/feature/(2020.08.17 閲覧)
- 文化庁・国立情報学研究所『辻家住宅主屋 文化遺産オンライン』https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/141621(2020.08.17 閲覧)
- 辻家庭園『辻家庭園』(2018.11.16 配布)