庭園情報
和歌の聖典「伊勢物語」の舞台の一つ
愛知県知立市。ここに日本庭園の題材の一つ「八橋」の原点となる場所があります。平安時代の貴族で六歌仙の一人である在原業平朝臣が東下りの途中、三河国八橋で乾飯を食べた時のこと。印象深く咲いていたかきつばたを見て歌った和歌で有名となります。
からころも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもふ
この和歌は業平朝臣をモデルにした『伊勢物語』でも取り入れられ、当地は日本文学史上の重要な名勝地となりました。しかし、八橋は時代が下るにつれ荒廃し、かつての面影を無くします。これを嘆き、近隣にかつての姿を復活させたのが無量寿寺を再興させた方巌売茶翁でした。以後約200年、地元の人々が協力しながら1000年前の名勝地を今に伝えています。
日吉山王社奥の庭園
八橋かきつばた園は大きく3つのエリアに分かれています。訪問時はちょうど「史跡八橋かきつばたまつり」が開催されており、その経路に沿って散策しました。まずは無量寿寺本堂で参拝した後に入れる庭園です。
日吉山王社の奥の庭園は擬木の八橋が架けられています。周囲は高い樹木に囲まれ、古い墓や石碑が点在しており、鬱蒼とした雰囲気を醸し出してます。
八橋かきつばた園北東部の庭園
日吉山王社の奥の庭園を抜けると、一気に開放的な雰囲気に変わります。
周囲には高い樹木も無いため、開放的な雰囲気となります。中心部には大きな池があり、先ほどと同様、擬木の八橋が架けられています。日がよく当たっているためか、より多くのかきつばたが咲いているような印象を受けました。
無量寿寺本堂西隣の庭園
かきつばた園北東部の庭園から進むと、無量寿寺本堂の西隣に位置する庭園に入ることができます。ここは文化九年(1812)以降に整備された庭園となります。
写真をみてもわかる通り、庭に高低差をつけ生け垣をめぐらすことで鑑賞する他の人が視界に入らないよう配慮された構成となっています。また、庭園の池も「心」の字を模しているなど、江戸時代頃の庭園の地割を残していることが推測できます。
中部地方のローカルニュースでも報道されましたが、八橋かきつばた園は2017年に立ち枯れにより大きな打撃を受けたとのことです。それでも、地元の人々の取り組みにより再生の道を歩んでいます。
参考文献
- 『東海テレビ』(2021.05.04)「一時病気でほぼ全滅も…カキツバタが見ごろ 地元の保存会が6割程にまで再生 愛知・知立市 無量寿寺 | 東海テレビNEWS」〈https://www.tokai-tv.com/tokainews/article_20210504_170681〉(2021.05.10 閲覧)
- 『読売新聞』(2021.05.05)「https://www.yomiuri.co.jp/local/chubu/news/20210505-OYTNT50002/」〈https://www.yomiuri.co.jp/local/chubu/news/20210505-OYTNT50002/〉(2021.05.10 閲覧)