まだ知らぬ、日本を訪ねて

趣味の日本庭園や近代建築の紹介ブログです。

商船三井ビルディング


撮影:2013.04.28

建築情報

名称:商船三井ビルディング
旧称:大阪商船 神戸支店
旧称:大阪商船三井船舶 神戸支店
設計:渡辺節
竣工:1922年

神戸のアメリカン・オフィス

 神戸・旧居留地。神戸の中でも名建築が数多く残る地区です。その中でも海岸通りに接する一帯は、近代建築が立ち並ぶ場所となります。そこに、アメリカン・オフィススタイルの商船三井ビルディングがあります。神戸を訪れ、この建築を眺めると、毎回その美しさに感動を受けます。威圧的でもない、どこか優美なこの建築は、神戸の栄光の歴史が深く刻まれているのです。

「大戦景気」と大阪商船

 1914年に勃発し1918年に終結した第一次世界大戦。主戦場となった欧州各国の国土は荒廃、壊滅的な打撃を受けてしまいます。この大戦中より、日本では欧州の悲惨な状況とは異なり「大戦景気」と呼ばれる空前の好景気が訪れます。海運業界も例外ではなく、商品の輸出が飛躍的に伸びた関係でかつてない好況となります。このような社会情勢の中、現在までに残る「大阪商船 神戸支店」が計画されるのです。施主の大阪商船は、この好況が長くは続かないと見越していました。予算額は相当厳しく設定された中で建設は進んでいくことになります。この建築が竣工した頃、日本は「大戦景気」の反動である「戦後恐慌」と呼ばれる慢性的な不況に陥っていました。大阪商船の先見性が伺える事例です。

アメリカン・ボザール様式の傑作

 神戸市教育委員会らがまとめた「神戸の近代洋風建築」では次のように記述しています。

 建築様式としては視察の影響もあってかアメリカン・ルネッサンス様式を基本にしているが、外観に古典的なオーダーは用いず、本来柱頭のあるべき場所にはメダイヨンのような装飾があてられている。一階のルスティカ仕上げの石積みがとりわけ重厚な印象を与えるものの、上部は窓の間に入れられた方立が垂直感を強め、明快なデザインとなっている。名建築の多い居留地にあっても一際眼をひく傑作である。

 この商船三井ビルディングについて、藤森照信氏は「日本の近代建築(下)」で次のように賞賛を送っています。

 "組合せ"については、渡辺節のアメリカンボザール第一作・大阪商船の前に立って見上げれば設計者がマッキム・ミード&ホワイトと比しても遜色ない力量を持っていたことが分かる。角を正面にした時の古典様式の納め方は難事の一つで、ふつうなら角にペディメントと柱型でも配して手固くすり抜けるところを、渡辺は独創的なやり方を試みている。ポイントはペディメントの代わりに採用されたスワンネック―白鳥の首―と各所に点ぜられたメダリオンでまず一階の出入口の頭上に力強くうねるスワンネックを取りつけ、上方に小さなメダリオンをちょっとつけ、そこから上はしばらく平坦に壁が伸びて、軒に当たったところで左右に二つずつ、花房で縁取られた大ぶりのメダリオンを配す。そして軒の上には小さなスワンネックの乗るパラディアン・ウィンドウ―三尊窓―を開け、さらにそれを包むようにして壁を半円形に盛り上げ、縁をスワンネックで型どり、中央に変形したメダリオンを置く。ラスチカ積の力強い石の壁をバックにスワンネックとメダリオンが強弱巧みに組み合わされ、華やかで力動感に満ちた"角の正面"を可能にした。古典系様式は、使える造形要素は限られ、組合せの制限もうるさいけれども、腕とセンスさえあればここまで自由に演出できるのである。

 神戸でも古い建築が集中する旧居留地の中でも一際華麗なビル。神戸港の栄光の歴史を見つめてきたオフィスビルは、今もその輝きを失わず神戸港の行く末を見守っています。

参考文献

神戸市教育委員会・神戸市近代洋風建築研究会(1990.8)『神戸の近代洋風建築』
藤森照信(1993.11)『日本の近代建築(下) ―大正・昭和篇―』