令和4年7月、東京都の小金井市にある小金井公園と江戸東京たてもの園を散策しました。今回はおもに江戸東京たてもの園の建築をめぐりましたが、なかなか興味深いスポットでした。いずれまた行きたいですね。
小金井公園 SL展示場
江戸東京たてもの園に入る前、SL展示場の近くを通ったので中に入ってみました。周囲の樹木とC57形蒸気機関車が良い感じで溶け込んでいます。国鉄客車も同伴で保存されています。残念ながら客室内に入ることはできませんが、一部の窓からは客室内の様子を見ることができます。
写真の「旭」の文字からもわかる通り、C57 186号機は元々旭川機関区所属の機関車です。どのような経緯で、北海道から東京の小金井公園にやってきたのか、気になるところです。
江戸東京たてもの園
江戸東京たてもの園は小金井公園内にある、江戸・東京の歴史的建築物を移築保存した野外博物館です。以前訪問した愛知県犬山市の博物館明治村よりは小規模ですが、いずれの建築も興味深いものになっています。また、博物館明治村とは異なり、江戸時代の貴重な建築も含まれているのが特徴です。
ビジターセンター(旧光華殿)
紀元二千六百年記念式典の会場として、昭和15年(1940)に建てられた近代和風建築です。元々は仮設の施設として建築されましたが、式典後は現在地に移築され、恒久的な使用が可能なように改装されました。移築後は「教学錬成所」や「学習院中等科」、「武蔵野郷土館」などで使用され、平成5年(1993)からは江戸東京たてもの園のビジターセンターとして活用されています。内部は大幅に改装されていますが、威厳ある外観は近代和風建築の一つの到達点ともいえる建築であると感じられます。
旧自証院霊屋
- 名称:旧自証院霊屋
- 竣工:慶安五年(1652)
- 保護:東京都指定有形文化財(建造物) 旧自証院霊屋
旧自証院霊屋は三代将軍徳川家光公の側室で、初めて家光公の子を産んだことで知られる自証院の霊廟です。戦後に西武鉄道が買収し、赤坂プリンスホテルに移築、平成7年(1995)に江戸東京たてもの園へ寄贈されています。徳川将軍家の正室・側室の霊廟は第二次世界大戦により多くが焼失したため、現在までに残る旧自証院霊屋は貴重な文化財です。緑に囲まれた極彩色の旧自証院霊屋はよく映えます。
綱島家(農家)
- 名称:綱島家(農家)
- 竣工:江戸時代中期
綱島家(農家)は元々世田谷区にあった農家となります。園内にあるの江戸時代の建築と比べても古い造りの特徴を残しているとされています。
八王子千人同心組頭の家
- 名称:八王子千人同心組頭の家
- 竣工:江戸時代後期
八王子千人同心組頭の家は、徳川将軍家の家臣団である「八王子千人同心」の組頭を務めた塩野家の家です。もとは甲斐国境を警備する武士ですが、一方で平時は農耕に従事する「半農半士」という実態でした。
吉野家(農家)
吉野家(農家)は、江戸時代に名主役を務めたとされる家となります。玄関等からも格式の高さが感じられます。
常盤台写真場
- 名称:常盤台写真場
- 竣工:昭和12年(1937)
常盤台写真場は内務省が設計し東武鉄道が開発した住宅地「常盤台」にあった写真館です。照明設備が整っていなかった時代、照度を確保するため二階に大きな窓を設けているなど、当時の様子がわかる建築です。
三井八郎右衞門邸
- 名称:三井八郎右衞門邸
- 竣工
- 主屋:昭和27年(1952)
- 土蔵:明治7年(1874)
- 保護:東京都指定有形文化財(建造物) 旧三井家本邸
三井八郎右衞門邸は、三井財閥を率いた三井総領家の敗戦後の邸宅です。敗戦後の財閥解体の影響を感じさせながらも、それでも品格を失わせない雰囲気はさすがの一言です。
高橋是清邸
第20代内閣総理大臣であり、その能力の高さから六度も大蔵大臣を務めた稀代の財政家、高橋是清閣下の邸宅です。高橋閣下は日露戦争においては日本銀行副総裁として英国に渡って戦費調達を行い、昭和金融恐慌と世界恐慌では卓越した手腕を発揮して恐慌から脱却しています。しかし、二・二六事件において叛乱軍により暗殺。この高橋是清邸の二階は、まさにその現場となります。昨今でも暗殺事件が発生しましたが、今一度、我が国が辿った歴史を振り返ることが非常に重要な局面であると感じます。
江戸東京たてもの園は博物館明治村と同様、過去の様子について建築を通して学ぶことができる良い施設です。今回は全部回り切れませんでしたので、また再訪したいですね。